Stage Project ILLUMINUSによる「ILLUMINUS Summer Stage」と銘打たれた、美しいこの夏の舞台。それが「花嫁は雨の旋律」だ。
エンターテイメント性の高いステージを作り上げる事に定評のある吉田武寛が脚本・演出を手掛けるこの舞台は、あらすじを一読しただけでも、その切なさが迫りくるものだった。
“事故で記憶を失い、少女に戻ってしまった片山雨。その夫である時計技師の片山均。二人を巡る少しだけ不思議な日々 ―――”
一度でも恋し、愛したことがある人ならば、相手が自分のことをすべて忘れてしまう…という現実を想像しただけで悲しみを覚えるだろう。果たしてこのストーリーを、吉田はどのように観客へ魅せるのだろうか。
そんな想いを抱きながら、公演初日を迎える東京・中野ザ・ポケットへと足を運んだ。
8月半ばの真夏日とは思えない穏やかな気温に、しとしと雨が降り注いだこの日の東京。まさに本作の世界観にぴったりで、天気までもこの作品を期待しているかのようだった。
劇場へと足を踏み入れると、ほどなくして場内は暗転。主演の中谷智昭が演じる「片山均」、そしてヒロインの北澤早紀 (AKB48)が演じる「片山雨」によるアナウンスが行われ、物語はスタートした。
記憶を失う前の雨(内田眞由美)による、何気ない朝の風景が広がる。コーヒーを入れ、パンを焼き、均を起こし、共に朝食を取り、会社へと送り出す…。この一連の「何気なさ」は、まさに飛び抜けて秀逸なものだった。
雨と均は決して妙な甘さを出しすぎることもなく、かといって冷たすぎる訳でもない。豪華すぎる朝食を取るわけでもなく、必要以上にドラマチックなこともない。典型的な「日本の若い夫婦」…この描写が、のちに妻が記憶を失うことの悲しさを際立たせていく。
加えてここでは、ピアニストである雨が自宅のピアノで演奏を披露する一幕も。キャラクターを象徴するようなその優しいメロディーが流れた瞬間、雨が如何に唯一無二な存在なのかを表すように、音色に合わせた美しいライティング投影が行われた。これにより、観客は聴覚以外にも、視覚をも持って一瞬で彼女の才能を知ることとなる。何気ないシーンだからこそ輝きは際立ち、吉田の演出力を目の当たりにさせられた。
こうして均も雨も、それぞれに仕事へと赴き日常をこなしていく。観客にとって新鮮なのは、雨が著名なピアニストであることを表現するインタビュー取材シーンだろう。ライター(♯丸山えん, ♭まついゆか)により取材を受ける雨は、新作アルバムについての思いを語って聞かせる。
このシーンが、のちのち重要な展開を及ぼしてくることに、観客はまだ気付かない。
ここから物語は急展開を迎える。時計「トゥールビヨン」の開発という、学生時代からの夢を追う均のもとへ「雨」が事故に遭ったという知らせが入り、それまで優しさとやる気に満ちていた均というキャラクターへ突然、悲しみや苦悩・葛藤などの感情が一気に押し寄せてくるのだ。
均を演じる中谷の役者力が爆発していく。「記憶を無くし、子供に戻ってしまった雨」は、子供だからこそ、ただただ無邪気に均の前に存在する。その背景から、苦悩や葛藤という感情を均は「ほとんど一人で」背負い、繰り広げていく。もちろん、均や雨を取り巻く人物たちにも相応の葛藤はある。しかし、均の絶望とは比べ物にならないだろう。「夫婦」という一見なによりも深い繋がりであろう関係性が、このような状況において如何に脆いものなのかを、これでもかと痛感させられていく均。
その悲しみを、中谷が鬼気迫るほどの表現力をもって体現してゆく。
子供に戻ってしまった雨と、これまでと同じように自宅で生活することを決めた均の生活リズムに「子育て」という新機軸が加わる。それはまるで、離婚を経験した男性がシングル・ファーザーとして生活を始めた時のように、慣れが無く、慌ただしく、やるべきことに追われるがあまり、苦悩を忘れる瞬間すらあるものだ。しかし、1日を終え雨を寝かしつけた均に、ふと現実は襲い掛かってくる。夜の部屋の中で1人、雨の症状について答えの無い調査をしたり、自分の心の闇と向き合ったりと苦しむ均。
こうして人の心は疲弊していく…そんな流れを、見事なリアリティをもって観客を引きずり込む中谷。そして息もつかせぬ展開で魅せていく吉田の演出手腕に、ただただ脱帽するばかりだった。
この展開の中で、絶望をもたらすと同時に安らぎも与えるのが、北澤が演じる幼い雨だ。約5歳にまで退化してしまった状態から徐々に成長をしていく雨を演じる北澤は、存在そのものが希望に満ちているかのようなきらめきを纏い、初めての本格的な舞台出演とは思えない鮮烈な印象を与えた。
北澤の持って生まれた才能ともいえる美しく柔らかい声、そして透明感溢れるオーラは記憶を失った雨に説得力を持たせ、ベテランの中谷との間に不思議な調和を生み出し、後半の展開へ向かって絶妙な存在感を発揮してゆく。
均を癒し、そして追い詰めていく雨。均はひとりになると「妻」であった大人の雨へと思いを馳せる。舞台には再び内田が雨として登場し、均に答えを導くように対話を重ねてゆく。その答えは本物なのか、それとも本人の妄想でしかないのか…。
雨が記憶を失ってから、何らかの答えを見出そうと葛藤を続ける均の姿に、今にも涙があふれてしまいそうな思いで舞台を見つめていた。一体ここから誰が救ってくれるというのだろう。果たしてどのようにして舞台が終わりを迎えるのか、まったくわからないでいた。
そんな中、ほんの少しの清涼剤としてスパイスを加えてゆくのが、雨がアルバイトすることになる喫茶店「タイムレスカフェ」の店長(奥野正明)と従業員(中島一博/千歳ゆう)、そして均の友人たち(絲木建汰/♯品川ともみ、♭下京慶子)だ。彼らはほどよい距離感で均と雨の悲しみを受け止め、時には厳しくも「本当の愛情」をもって2人を支えてゆく。特に「タイムレスカフェ」のマスターを演じた奥野は、誰も見ていないような細かい瞬間にまで様々なネタや小さな動きを仕込み、真剣なシーンでは深みのある実力を発揮し「どんな瞬間も観客を楽しませよう」という気概が伝わってくる仕上げぶりを見せていた。
前述した通り、ほとんど1人で絶望を背負っている均の葛藤は続いていた。しかし、痛々しいほどに雨の幸せだけを願っていた均に、更なる悲しみが襲う。冒頭のインタビューで雨が「別の人生があったのなら…」という旨の発言をしていたと知ってしまうのだ。
「本当は自分と別れたかったのだろうか?」と絶望に襲われてゆく均。ここで更に、雨が「タイムレスカフェ」の常連・和樹(樹宮直稀)と恋に落ちてしまう。
雨を愛する1人の男として取り乱し始めるの均の精神状態は、いよいよ限界を迎えてゆく。愛した妻は消え去り、姿形が同じだけの「別人」という現実を改めて目の当たりにした均は、断腸の思いで「離婚」という道を選択するのだった。
乾いた笑みを浮かべながら、離婚の決意を語って聞かせる均。演じる中谷の底力が冴え渡る一幕だ。観客は胸がつぶれるような思いを抱いたことだろう。
「本当にもう、救いはないのだろうか」と。
しかし、ここで更なるアクセントが加わる。冒頭で登場していた、雨の新作アルバムを取材したライターが、不審な活動停止をした人気ピアニスト・雨の真実を暴露しようと迫ってくるのだ。
均の決意を踏みにじるかのように、執拗な追跡で過去を思い出させようとするライター・黒木。雨は記憶障害を起こしていた脳の痛みを引き起こし、意識を失ってしまう。この出来事で「無理な記憶追求は、雨の命に関わる」という現実を図らずも受け入れざるを得なくなった均は、それが単なる離婚どころではなく、愛した妻・雨との「永遠の別れ」を意味していることを知るのだった。
「終わり」を美しく飾ろうと、雨の誕生日会を開催し「もしかしたら雨の記憶が戻るかもしれない」という微かな望みと共に、夫婦の結婚式を懐かしく再現した仲間たち。真っ白のワンピース姿に身を包んだ雨は輝くばかりの美しさで、均の悲しみを更に深くさせた。
雨の純粋性を際立たせる真っ白な衣装が、まるで死と生まれ変わりを表すかのように舞台に映える。成長していく雨を体現する北澤も、雨が舞い降りたかのような役柄との一体感を見せていた。
再び、内田が演じる大人の雨が舞台へと登場する。これまで、常にわずかな記憶再生の希望を持って大人の雨と対話をしてきた均は、それすらも許されない「永遠の別れ」へと進んでゆく。
ここまで来ると、もはや涙なしには見ることができない。
大人の雨との対話は、わずかな希望が起こした幻想だったのか。均は「本当は事故に遭ったその時に、大人の雨とは永遠の別れを迎えていたのかもしれない」と知る。「どんなに愛しても、いつ別れが訪れるのかは誰にもわからない」―― 頭ではわかっていても、それを目の当たりにした時、人はこうして弱くなり、逃避するものなのだろう。
もはや逃避すらできないところへと達するしかなくなった均は、決意をもって新たな世界へと踏み出す。
愛した雨との永遠の別れと共に、生まれ変わった雨と、これからの人生を生きてゆくと決めるのだ。
中谷の、魂をもぶつけてくるような熱演に完全に引き込まれ、気付けば大粒の涙が流れていた。誰もいない会場で1人で見ていたのならば、きっと嗚咽を上げて号泣していたことだろう。
人生には、受け入れなければならない、変えられない現実というものがあるのだ。
生まれ変わった雨と均の、何気ない生活が再び始まった。朝の風景は冒頭と同様の展開をなぞり「同じようで、少し違う」何かを観客へと伝える。そして、雨のピアノが再び響き渡る――。
美しいファンタジーを得意とする脚本・演出家の吉田による切なくも美しいファンタジー・ラブストーリー「花嫁は雨の旋律」は、こうして幕を閉じた。
役者陣の熱演、演出、台詞のひとつに至るまで、優しく丁寧に紡がれたこの感動傑作は、身近な愛する人への感謝や想いを蘇らせてくれることだろう。
いつか、また優しい雨と共に、再びの上演が訪れることを楽しみにしたい1本だ。
【企画・構成:小宮山薫 取材・文:Murata Yumiko 写真:豊川裕之】
ILLUMINUSの次回公演でお会いしましょう!
「花嫁は雨の旋律」の余韻を楽しみたい方へもご満足頂ける公演になっております!
是非チェックしてみてください!
「NO TRAVEL, NO LIFE」
・日時 2017年9月8日(金)-10日(日)(全5stage)
・会場 シアターグリーン BASE THEATER
・所在地 〒171-0022 東京都豊島区南池袋2丁目20−4
・脚本・演出 吉田武寛
・原作 NO TRAVEL, NO LIFE(著:須田誠 出版:A-Works)
・概要
10年のサラリーマン生活にピリオドを打ち、呼ばれるように海を渡ったひとりの旅人須田誠氏が綴ったフォトエッセイ「NO TRAVEL, NO LIFE」。「本当の自由って、一体なんだ?」「旅」を通して本当の自由、本当の自分を見つけた著者のメッセージと写真が詰まった一冊。写真集としては異例の現在で第5刷・25,000部を超えるヒットを記録。昨年、同作を吉田武寛氏の脚本・演出により舞台化され、全公演SOUL OUTとなった話題作が、待望の再々演で今秋に戻ってくる。
・ストーリー
順風満帆な生活を送り、将来を有望視されていた須田誠は、 これまで積み上げてきたステータスすべてを捨て、呼ばれるように世界放浪の旅にでる。 唯一の相棒は、”使い方も知らない一眼レフカメラ”。 1/8000秒、世界はどのように映ったのか……。
・公演スケジュール
9/8 (金) 19:00~*
9/9 (土) 14:00~ 19:00~*
9/10 (日) 12:00~ 16:00~*
*原作者 須田誠によるアフタートーク付き
・出演
新里哲太郎 谷茜子 瀬尾卓也 風間庸平 三本美里 文夏
・語り
宮澤正
・チケット
全席自由席 4000円
* 学割あり500円割引(後方席 / 要予約 / 要学生証提示/ 開演5分前入場 )
* 当日券は500円増
・Official Page : http://illuminus21.xsrv.jp/wp/archives/6465
・Official Twitter: https://twitter.com/theater_travel
・PV: https://youtu.be/zIp1xXptbcE
・企画・制作
ILLUMINUS (運営会社FreeK-Laboraotory)
舞台「ハンドシェイカー」
・日時 2017年9月8日(金)-10日(日)(全5stage)
日時:2018年1月24日(水)-28日(日)
会場:CBGKシブゲキ!!
原作:アニメ「ハンドシェイカー」
協力:GoHands、Frontier Works、KADOKAWA
脚本・演出:吉田武寛(LIPS*S,ILLUMINUS)
Teaser site:stage-hs.net