2024.09.18MAGAZINE

小宮山薫✖️宮下大佑 ライブエンタテインメントの未来を見据えるチケット市場の理想のカタチ

ILLUMINUS(イルミナス)代表 小宮山薫とNFTチケットプラットフォームサービス「TicketMe」創業者 宮下大佑が語る、ライブエンタテインメントにおけるチケット市場の理想的なカタチとは?

急成長を続けるライブエンタテインメント市場。一方で、チケットの転売問題など業界全体の抱える悩みは根深い。デジタル化による業界の変革も期待されるなか、コンテンツとユーザーの関係はどのように向上させるべきか。「あるべき場所に、あるべき価値を届ける。」をミッションに掲げ、チケット市場の健全化を目指すNFTチケットプラットホーム「TicketMe(以下、チケミー)」を運営する代表の宮下氏に、ILLUMINUS(イルミナス)代表の小宮山がエンタメ業界の流通システムが抱える課題やコミュニティ運営における展望について話を伺った。

「流通を正したい」チケミー誕生の想い

小宮山:コロナの感染拡大によって初めての緊急事態宣言が出された2020年春、公演のキャンセル処理というものを初めて経験し「プレイガイドの重要性」というのをものすごく痛感しました。当時利用していたプレイガイドがコンビニで発券するスタイルのもので、2,000枚近くの発券済みチケットをすべて主催側で返金の手続きをしなくてはならないという状況になってしまったんですね。

発券されたチケット売上は、プレイガイド手数料が引かれた金額が主催に入金されますが、チケットの払い戻しは、お客さまがチケット購入に際して負担した手数料を含めて、全額を主催が負担しなければなりません。

プレイガイドの手数料、コンビニ発券手数料、チケットを返送するための送料全てを主催である我々が負担し、返金処理を行いました。

興行中止による損失が大きい中での返金処理は膨大なコストと手間がかかり、精神的にも厳しい作業でした。そのことがきっかけで本格的に電子チケットへの移行を考えるようになりましたね。

宮下:「公演を中止します」「返金します」というお知らせが、当時のTwitter上でものすごい数ありましたからね。

小宮山:そういう経緯があってプレイガイドの在り方というものを考え、チケミーを使わせていただくきっかけにもなったのですが、宮下さんがこのチケット販売サービスに行きついた経緯ってどういったものだったんですか?

宮下:起点で言うと、「流通を正しく行いたい」というのがありました。僕は石川県出身なんですけど、伝統工芸品のような「価値があるのにまだ見つかってないモノ」や、逆に価値が世間に認知されているが故に高額転売されてしまって価値が不当に吊り上がってしまい「あるべき場所にあるべき価値が無い」という状態になってしまっているのが気になっていて。高額転売されたらその売り上げはクリエイターではなく転売ヤーの手元に入ってしまっている実態がある。一方で見つかっていなければそもそも売り上げが上がらない、といった「売れない」と「買えない」の問題を解決したかったんです。

そんな中で大学に入って経済学を学んだのですが、実は経済学上ではある程度の解決方法は解明されているんです。ただ、それを実装しているプレイガイドって非常に少ないんですよね。方法はあるのに高額転売が解決できていない現状があり、チケット不正転売防止法ができたけれど、むしろそれによって転売がよりアングラ化して「誰も認知できない・責任をとらない最悪な市場」になってしまっているのではないか、と疑問に思いました。

そこで、クリエイターやアーティストの方々にきちんと還元されつつ、買いたい人が買えて、売りたい人が売れる、“適切で健全な市場”を作っていこうという思いが生まれ、「チケミー」を立ち上げました。

小宮山:ライブエンタメの業界には、宮下さんもユーザーとして参加されていたのですか?

宮下:僕は音楽がすごい好きで、地元が石川県なので大きなライブイベントに頻繁に参加するということは無かったのですが、地元の小さなライブハウスに足を運び、好きなアーティストの昔のライブ映像をYouTubeでひたすら見続けるような学生時代を過ごしていましたね。

そんな美しい業界に負の部分があるということが自分の中で問題意識として芽生え、そこからすべてが始まりました。

 

転売ヤーが横行するチケット市場の不都合なリアル

小宮山:様々なチケット販売サービスを使用した中で、チケミーは「転売対策」というところに問題意識を持って取り組まれていて、実際にそれがサービスとして実装されている点が強いと感じました。

先日、弊社の作品で高額転売が行われてしまって、それに対策を打つのはかなり大変だというのを私も肌で感じていました。もちろん不正に高額転売をする側がいけないのですが、主催者側の責任というのも問われました。 転売問題に向き合っていくうえでどのようなサービスを実装されているか、詳しくお聞きしたいです。

宮下:チケミーとしては「転売ヤーの参入を防ぐ」と「転売が外部で行われないようにする」の2つの軸でやっています。1つ目は、チケット発売段階で本当に買いたい人のみが買えること。2つ目は、ユーザー間でのチケットのやり取りがすべて管理されたプラットフォーム内で行われること、というのを施策として大切にしています。

現在の市場の課題として捉えているのが、「誰が買ったか分からない、誰が売ったかわからない」という点ですね。外部のプラットフォームを使用されてしまうとまったく特定できなくなってしまうんです。なので、適切にコントロールされた中でチケットの売買ができるプラットフォームを提供する、というのが我々チケミーが行なっていることになります。

小宮山: チケットのリセール機能やオファー機能がチケミーの大きな特徴ですよね。

宮下:我々のミッションである「あるべき場所に、あるべき価値を届ける」をできるだけ目指した結果、行きついたサービスです。

少し詳しい話をすると、経済学では需要と供給、そして余剰という考え方がありまして、あるモノをある価格で売買することでお互いがどれくらいの余剰を得られるかという指標があるんですね。生産者と消費者が納得して取引をすることでお互いの余剰を最大化させる、というのがプラットフォームの重要な役割なんです。

しかしそこに転売ヤーが介入すると、転売ヤーの余剰だけがどんどん大きくなってしまうんですね。これを解決する仕組みとして、従来からダイナミックプライシング(※1)を導入するだとか、あるいは転売を完全に禁止して厳格な本人確認を実施するといった方法があったのですが、それでは防ぎきれない上に、コンテンツに対する負荷が大きすぎるんですよね。

※1ダイナミックプライシング:時間や状況に応じて値付けを変動させる取り組み。ホテルのや航空券の価格などによく使用されている。

コミュニティの運営に欠かせない「見えない指標」とは

小宮山:ダイナミックプライシングの代表的な例として「千秋楽のチケットは他の公演に比べて人気が出る傾向にあるので他の公演の価格よりも高く設定してもよいのではないか?」という議論があります。これについては、実際のところどのような問題点があるのでしょうか?

宮下:前提として、ファン層ってピラミッド型になっているんですよね。上層にはなんとしてでも買いたい、それこそ公演に全通するような、ロイヤルカスタマー(※2)の方がいて、中層には複数回観に行ってグッズも買う方々がいて、それよりも多くのまだコミュニティに入りたての方々がいて、そしてさらに遥かに多くの、知っていて興味はあるけど、まだお金を出して観たことがない潜在的な方々がいるんですよ。

※2ロイヤルカスタマー:特定の企業や商品・サービスに対しての忠誠心が強い顧客

その中で長期的にファンコミュニティの活性化を考えた時、熱量があってバジェット(予算)が潤沢にある一部の上層ファンにだけ市場を開いてしまうと、新規層やライト層の参入を妨(さまた)げてしまって、コミュニティ内での循環が起こらなくなってしまうんですよね。最初の段階では、すごく欲しい人も、ちょっと欲しい人も、同じ倍率で均等に購入できるようにしないとコミュニティピラミッドの均衡(きんこう)が崩れてしまうんです。

結果的に、本来なら熱量とともにコア層になっていかなくてはいけないところが固定化されて、コンテンツやアーティストの魅力が伝わらなくなってしまう。やがてはコミュニティが縮小して一部のロイヤルカスタマーだけが残るような状況に陥ってしまうんですね。

小宮山:コアファンの方はどんどんコアになっていくけれど、新規のファンの間口が狭まってしまうということですよね?

宮下:おっしゃる通りですね。バジェットに依存してしまうのが大きなところで、例えば同じ100万円でも、それを高いと思う人もいれば安いと思う人もいるんですよ。そして中には、このチケットには100万円の価値を感じているけれども、バジェット的には2万円しかない、というような方もいるんです。

本来なら思いの均衡で吊り合うべきところがバジェットの均衡で吊りあってしまうと、コミュニティとしてはどんどん弱くなってしまうんですね。コンテンツやアーティストの方々もファンが付きにくい構造になってまうんです。

ここに強い問題意識を感じていて、チケミーでは、発売の段階ではユーザーがある程度許容できる定価で誰もが買える市場になっているんです。高額を出せば買えるという構造にはなっていないんですね。最初はユーザー全員が同じ金額と確率で買えて、そのあとで、それ以上の価値を払ってでも、どうしても欲しい!と言う人がいた場合には、そこに対して個人がその価格で譲る・譲らないの判断ができるという仕組みにしました。

 

ファンの「熱」を可視化するオファー機能

小宮山:ファンコミュニティの活性化というものをかなり意識されているんですね。一方で、転売の完全な規制によって起こりうることについてお聞きしたいのですが、色々な興行の実績などを踏まえていかがですか?

宮下:最初にリサーチしたのが、ユーザーにマイナンバーカードを提示させるとか、購入時に顔写真を撮らせるといった対策をしている事業者さんだったんですけど、じつは顔写真を合成して偽造の身分証明書を作るような業者がいたりとか、スマホそのものを転売の際に渡したり劇場の中で物理的に売買したりと、外部のプラットフォームや物理世界での転売ってどうしても完全には制限できないんですよね。

転売がされていない前提の裏側で、実際は転売が横行していたとなると、これは市場の崩壊につながり、悪いことをした人だけがどんどん儲かるような市場になってしまう。実際に価値を提供している主催者側には1円も入らずに、身分証明書を偽造している業者にお金が入るような、余剰の観点では非常に非効率な市場になってしまうんですね。

そこで思いつくこととしては、至極当然なことなのですが、一番最初の制限を“お客さまのユーザビリティを損なわない程度”に設けて転売ヤーを弾いたうえで、それ以降はお客さまが経済的に合理的な行動をすれば、それが主催者側にも正しく還元されるし、主催の管理下で転売ヤーも弾くことができる、という構造になっている必要があると。それが今のチケミープラットフォームの原型ですね。

小宮山:転売ヤーってもはや組織的ですから、あちらも本気ですからね。本人確認書類の偽造なんていうドラマのようなことが実際に行われているわけですけれども、この問題はライブエンタメ業界全体の問題として取り組んでいかなきゃいけないところですよね。

一方で、チケミーは「買いたい人が定価よりも高くチケットをオファーできる」というユニークな機能を持っていますが、実装に至った背景を詳しくお 聞きしたいです。

宮下:チケットのリセールは主に2つの用途があると思っていまして。1つは「行けなくなってしまった場合にチケットをリセールしたいケース」ですね。これはどなたも異存は無いかなと思うのですが、プラットフォーム自らこういった機能を提供することで、ユーザーは行けなくなってしまうかもしれないリスクを考えずにチケットの購入ができますし、購入できなかった方もリセールされたものを買えるかもしれない、主催者側も空席を作らずに済む、三者両得のような構造になっているんです。

一方で僕らが提供している特殊な機能が「オファーを定価以上でも可能にする」というところです。例えば、あるチケットに対して様々な価値を感じている人たちが、初めは誰もが1万円で買える状態の市場にいるとします。そこで何が起こるかというと、その公演に5万円程度の価値があるなと感じている人に対して、その公演を100万円の価値があると感じている人がオファーを出すと、そこで両者合意の上での売買が成立するんですよ。

逆に、200万円の価値がその公演にあると感じている人は、100万円のオファーでも絶対に応じないはずなんですね。これはつまり「人の価値尺度」の話で、強い思いや愛を持った人に対して「そこまで熱烈なオファーなら応じてもいいかな」という優しさと物の値段がマッチするような仕組みなんです。

小宮山:不正転売は、売る側が買い占めによって不当に価格を吊り上げて、適正価格を超えてどんどん転売されてしまう。それによって被害者も生んでしまうようなものですけど、オファーは、買う側が価値を感じて金額を決めるというようなものですから、根本的な考え方が違いますよね。

宮下:その通りですね。買い占めて値段を吊り上げて売るとすべて転売ヤーの余剰になるのですが、あくまでもその公演に行きたいと思っている人のみが購入して、そこに対してより行きたいと思っている人がオファーを出して売買が成立すると、それはきちんと両者の余剰になっているんですね。これがいちばん美しい市場の形だと認識していて、さらに、そこに価値を生み出しているのはクリエイターだったりアーティストだったりなので、その方々にもしっかりと還元されていくのが望ましい形なのかなと思っていますね。

 

リセールがつなぐ健全な流通への挑戦

小宮山:ファンの方がコンテンツに対してある一定以上の価値を感じて、よりお金を払ってでも欲しいという需要も確かにあって、そこに対して応えられるような設計になっているのですね。

宮下:あとの課題としては、「純粋に楽しむ為に買っているか」をどう判別するかという点に関しても、プラットフォーム内部でユーザー間のチケット売買が行われることによって、管理が格段に容易になるんです。チケミーでは、購入数に対して実際に入場した割合をユーザー単位で見られるシステムで特許も取得しています。その割合によってユーザーが「実際に楽しむ為に購入しているのか、転売目的で買い占めているのか」が容易に判別できるようになっています。内部でコントロールすればするほど、転売ヤーを市場外に追い出す効果も期待できるんですよね。

小宮山:健全な流通をつくっていくための仕組みということですよね。もう1つユニークな機能として、定価以上のリセールが成立した場合、利益の一部をアーティストや興行主へ還元する仕組みがあります。この点について伺えますか?

宮下:チケットの高額転売による利益は通常転売ヤーに全額渡り、アーティストやクリエイターには一切還元されません。しかしチケミーでは、リセールの利益を主催者側に還元することで、彼らが正当な利益を得ることができます。還元された利益は新たな公演やアーティストの活動にも使われることで、結果的にエンタテインメント業界の持続可能性を高めることにもつながるんですよね。

また逆説的ではありますが、公式からリセール市場を提供することで、転売ヤーによるチケットの転売を減らすことにもなります。リセール時に主催者側への利益還元が必要となれば、転売ヤーがチケットを転売するメリットが減るからです。それにより転売ヤーを市場から追い出すことができ、高額転売の減少につながります。またリセール機能は、行けなくなった場合や、他人に譲ってもいいと思った場合のみ、あくまで受動的にリセールできるようになっています。

©️TicketMe Inc.

小宮山:クリエイター側にもしっかりと利益還元される仕組みが、結果的に市場の健全化にもつながるんですね。ユーザー側のメリットはどういったものがあるのでしょうか?

宮下:ユーザーは、正規価格や自分が納得できるリセール価格でチケットを購入することによって、アーティストやコンテンツに直接貢献することができます。また、正規のリセールプラットフォームを利用することで、偽造チケットや不正な高額転売のリスクが大幅に減少し、安心してチケットを購入することができます。

小宮山:舞台公演って初日が開くとお客さまの口コミなどでチケットがさらに売れて、前方席はなくなってしまうんです。先日の公演では、台風の影響で東海道新幹線が運転中止し、関西方面のお客さまが来場できず、払い戻しの処理を行うことになったのですが、その段階で残っている席ってどうしても後列席になってしまうんですよ。リセール機能で来れなくなってしまった方が持っている前列席のチケットを活かすことができれば、売りたい方と買いたい方をしっかりとマッチングさせることができて、ユーザーにとっての良席にも空席をつくることなく販売できて、大きなメリットだと感じました。

宮下:まさしくそれが想定しているケースです。実際にあった事例で、当日大阪から東京の会場へ向かう途中に新幹線が止まってしまって、お客さまが来られなくなってしまったんです。そこで新幹線車内でチケットをリセールに出したら偶然会場の近隣にいたチケットを買えなかったファンの方が買うことができまして。来れなくなってしまった方もチケットを無駄にしなくて済みましたし、観られないはずのお客さまも公演を楽しむことができたんですよね。チケミーには他のユーザーをフォローする機能も有りまして、リセールによってつながったユーザー同士があくまで善意によって、チケットを融通しあったりできるようになっています。

小宮山:リセールが人と人との縁をつなぐきっかけにもなるということですね。

宮下:今まで「転売はダメだ」と言われるだけで、そこに対する具体的なアクションってあまり起こっていなくて、単に禁止しようという動きは1920年代のアメリカの禁酒法の事例によく似ています。

当時のアメリカでは、お酒の製造販売を規制したらそこにギャングが大量に参入して、アンダーグラウンドで密造酒の製造と高値での売買が横行したんですね。結果的に治安の悪化にもつながってしまった代表的な市場の失敗例の1つなんですけど、これを解消するために結局アメリカ政府が行ったのは、適切なコントロール下での流通システムの構築なんですよ。

小宮山:禁酒法の例えは、とても分かりやすいですね。ここまで聞いてきて、チケミーはファンコミュニティを考慮したサービス設計になっている印象を受けました。弊社もファンコミュニティの盛り上がりをどう後押しをしていけるか意識して企画を作り、日々創作を行なっています。

エンタメを通じて、コミュニティの活性化とユーザーの生活が豊かになっていくことを目指している部分が我々共通のミッションだと、今回の対談を通して強く感じました。

 

取材・文:アセビカンナ/編集:今田夏見

 

転売ヤーによる不正転売が横行することで、健全な市場を築くことが難しかったライブエンタテインメントのチケット二次流通市場。その健全化は、間違いなく未来のライブシーンの活性につながるだろう。ロジックとパッションで全力で挑む宮下氏に期待したい。

編集後記:小宮山薫

 

 

宮下大佑

2020年、早稲田大学政治経済学部入学と同時にアパレルを扱うECサイトを起業。事業譲渡したのち、独立系VCのEast Venturesにてリサーチ業務に従事する。

2022年6月株式会社チケミーを設立し、代表取締役に就任。日本初のNFTチケット販売プラットフォーム「TicketMe」を開発・運営している。

株式会社チケミー コーポレートサイト

株式会社チケミー サービスサイト

小宮山薫

民間教育機関での教員、プロダクション経営、エンタメ系WEBサービスの運営などを経て、2017年にILLUMINUS立ち上げ。東京・長野2拠点での生活しながら、ILLUMINUSのコンテンツ製作の総指揮を行う。アニメや小説などの原作舞台から、ブランドとのタイアップ企画など幅広く舞台公演を企画・プロデュース。長野県内をはじめ地方でのコンテンツ展開に積極的に取り組む。

ILLUMINUS 公式サイト